
現在、博物館ALITで、「武蔵武士金子家文書 里帰り展」を開催しています。
この展覧会は、平安時代末期から安土桃山時代にかけて、現在の入間市金子地区を領有していた武蔵武士金子氏にゆかりのある古文書を、このほどご子孫の方から入間市博物館に寄託いただいたことを記念して開催しているものです。
今回寄託いただいた古文書は、鎌倉時代から江戸時代にかけての、いずれも貴重なものです。

左は、「金子家祐軍忠状」(南北朝時代 永徳2年(1382)4月 山口県萩市 金子直祐家所蔵)。
永徳2年(1382)4月、金子家祐が小山義政討伐の際に注進した軍注状。この2年前、下野(栃木県)の小山義政が南朝方となり幕府に背いたため、鎌倉公方・足利氏満は関東8国に小山氏討伐を命じた。本史料には、金子家祐の軍忠を確認した木戸範季の証判が加えられている。
右は、「関東嚢祖(のうそ)菩提寺尋問演説」(江戸時代 延享4年(1747) 山口県萩市 金子直祐家所蔵)
萩藩が行った藩士の家柄調べに対して、金子忠義・忠行親子が、祖先の菩提寺である瑞泉院と高正寺に、金子一族の事績を問い合わせた文書。
寄託いただいた中には、掛け軸などもあります。
画像は、〔金子十郎家忠の活躍・衣笠城攻め〕
1180年源頼朝が伊豆で打倒平氏を目指して挙兵したときには、多くの武蔵武士は平氏方について戦った。家忠も、畠山重忠や河越重頼らとともに、頼朝方の三浦義明・義澄らの衣笠城(現横須賀市)を攻めた。このときの家忠の活躍は目覚しく、軍の先頭にたって衣笠城を攻め、獅子奮迅の活躍を見せたので、敵方である三浦義明から一献の酒を送られ、その武勇を賛美された。
この絵は、そのエピソードを元に、萩藩金子氏が先祖を顕彰する目的で描かせたものです。
今年は、入間市博物館開館15周年でもあり、それを記念するたいへん重要な史料を受け入れることができました。
「武蔵武士金子家文書」里帰り展は、6月14日まで、博物館ALITで開催中です。観覧は無料です。
入間市の歴史を知る上でたいへん重要な史料群ですので、ぜひこの機会にご覧ください。
