8 重闢茶場碑(かさねてひらくちゃじょうのひ)及び茶場後碑(ちゃじょうこうひ)

 

ページ番号1002132  更新日 平成29年3月3日 印刷 

写真:重闢茶場碑
重闢茶場碑

市指定文化財(史跡)
 指定「重闢茶場碑」 昭和42年5月6日  

 追加指定及び名称変更「重闢茶場碑及び茶場後碑」 平成26年6月1日
 重闢茶場碑は宮寺小の南、出雲祝神社(いずもいわいじんじゃ)にある。天保3年(1832)に撰されたもので、狭山茶の由来が記されている。題額は前縫殿頭(さきのぬいとののかみ)松平定常、碑文は後の大学頭(だいがくのかみ)林韑(はやしあきら)が作り、当時の一流書家であった巻大任(まきのたいにん)(菱湖)が筆をとったものである。

写真:茶場後碑
茶場後碑

 茶場後碑は明治9年(1876)に建てられたものである。碑文の冒頭に「重建狭山茶場碑」と刻まれているとおり、並んで建っている狭山茶の再興を顕彰した重闢茶場碑の内容を継承しながら、その後の狭山茶業の歩みが記されている。
 題額と碑文は巻菱湖(まきりょうこ)に師事し、菱湖四天王と呼ばれた能筆家、萩原秋巌(はぎわらしゅうがん)、撰文は昌平坂学問所で佐藤一斎(さとういっさい)から儒学を、箕作奎吾(みつくりけいご)から英語を学び、儒学者、啓蒙思想家として知られた中村正直、字彫は石工仲間から「江戸一の大石屋」と讃えられた廣瀬群鶴(ひろせぐんかく)(世襲)が担当するなど、当代一流の書家、学者、職人が製作に当っている。
 茶場後碑は、重闢茶場碑と対とすることで、狭山茶業の復興からその後の歩みの歴史を知ることのできる重要な資料である。
 

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