74 千日回向名号塔(せんにちえこうみょうごうとう)

 

ページ番号1002198  更新日 平成29年3月3日 印刷 

千日回向名号塔


市指定文化財(有形民俗文化財・平成28年6月1日) 所在地 春日町二丁目9-1(蓮花院)

 阿弥陀如来の功徳をたたえる「南無阿弥陀仏」の六文字を刻んだ石造物を「名号塔」と呼ぶ。蓮花院の境内に立つ延宝9年(1681)銘の石塔は、正面と左右側面の3面にそれぞれ「南無阿彌陀佛」の文字が刻まれており、市内で唯一の名号塔である。形状は笠付角柱型の石塔で、寸法は高さ144センチメートル、幅35センチメートル、厚さ31センチメートルを測る。
 正面には「千日回向所」と刻まれ、正面と左右側面には戒名並びに逆修供養(生きている人が自分の死後の極楽往生を願い供養すること)の人を含め、法名や俗名等総勢約50人の名前が彫られている。これによると傳淸竪者法印を導師として、法名や俗名の人達が死者の冥福と自らの極楽往生を願って千日間の念仏供養を行い、その満願成就を記念して広瀬村(現狭山市)の淨秀らや、谷貫村(現入間市)の瀧澤長右衛門、入間川村(現狭山市)の岸本七右衛門が中心になって造塔したと見られる。
 また、左右側面には、村々の名前とそれぞれの人数が刻まれている。村の数は約50か村、人数は合わせて約2,500名を数える。村々の分布は入間市域だけではなく狭山市や飯能市、日高市の一部にも広がっている。これらの村々や人々は、念仏供養や造塔に、助力など何らかの形で関係したものと考えられ、当時の念仏信仰の広がりや各村々の繋がりを考える上で興味深い。
 なお、左側面の左下部には「石や太郎兵衛」と石工の名前が彫られている。太郎兵衛の人物については不明であるが、在所の記載がないことから、おそらく黒須村の出身ではないかと推測される。なお、近隣の所沢市や狭山市、飯能市域で石工名が刻まれている最古の石造物は、宝暦9年(1759)に造立された所沢市松井の長栄寺地蔵坐像であることから、石工名が刻まれているものとしては市内だけでなく近隣でも最古のものである。
 この千日回向名号塔は、江戸時代前期における念仏信仰の様相を示すものであるとともに、当地域最古の石工名を刻んだものとして貴重な資料である。
 

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