旧石川組製糸西洋館の世界

 

ページ番号1002207  更新日 平成30年8月15日 印刷 

旧石川組製糸本店工場

【石川組製糸】
 石川組製糸は、石川幾太郎が明治26年(1893)に創始した製糸会社である。当初はわずか20釜の座繰製糸(手工業)でスタートしたが、明治27年にはいち早く蒸気力を利用した機械製糸に切り替え、日清・日露戦争の戦時景気に乗って瞬く間に経営規模を拡大した。
 最盛期には、現在の入間市にあった3工場をはじめ、狭山市や川越市、県外でも福島県・愛知県・三重県・福岡県に工場を持ち、大正11年度(1922)の生糸の出荷高では全国6位を記録するなど全国有数の製糸会社に成長した。なお、海外との取引が多かったことから、ニューヨーク五番街にも事務所を設置している。
 しかし、関東大震災による損失や昭和恐慌、それに生糸に代わる化学繊維(レーヨンなど)の出現などの影響により経営不振に陥り、昭和12年(1937)に解散した。

石川幾太郎

【石川幾太郎】
 石川幾太郎(1855年から1934年まで)は、黒須村(現在の入間市黒須)で石川金右衛門とだいの間に六男三女の長男として生まれた。
 明治12年(1879)には代々続いた茶園を継いで製茶仲買商となったが、その後茶業を辞めて製糸業に進出し、一代で石川組製糸を全国有数の会社にした。入間地方の経済の担い手として、一時は武蔵野鉄道(現在の西武池袋線)の社長にも就任している。
 また、幾太郎は、弟の和助が熱心なキリスト教信者であったことから、この勧めでキリスト教に入信している。このことは石川家家憲や工場経営にも大きな影響を与えている。一般に製糸業では女工の過酷な労働が伝えられているが、石川組製糸では女工の積極的な教育に取り組むなど、慈愛に満ちた雇用形態を行っていた。

旧石川組製糸西洋館正面

【旧石川組製糸西洋館】
 西洋館は、幾太郎が取引先のアメリカの貿易商を招くに当り、「豊岡をみくびられてはたまらない。超一流の館を造って迎えよう!」と決意し、大正10年(1921年)頃に建設した迎賓館である。
 設計は東京帝国大学(現在の東京大学)で西洋建築を学んだ室岡惣七(むろおかそうしち)が、建築は川越の宮大工関根平蔵(せきねへいぞう)がそれぞれ担当した。
 建物は洋風木造建築で、2階建ての本館に平屋建ての別館が接続している。外壁は、本館・別館ともにタイル調の化粧タイル貼だが、別館にはテラゾー(人工石)により柱や長押の和風の意匠が見られる。また、屋根も、本館はビップゲーブル(半切妻造)で洋瓦葺(創建時はスレート葺)、別館が寄棟造で桟瓦葺としている。外観は、本館と別館で統一を図りながらも、それぞれ洋館と和館のイメージを表現した造りになっている。
 館内は、戦後進駐軍に接収され改造を受けた箇所もあるが、全体的に当時の様子を良くとどめている。部屋ごとに特色のある天井の造形や床の寄木模様、照明器具、玄関ホールの大理石製の暖炉や一木で作られた階段の手すり、海外から取り寄せただろう特注の調度品等からは、当時の石川組製糸の繁栄の様子がうかがえる。
 現在は、国登録有形文化財(平成13年11月20日登録)になっている。

****************************************************
現在、3月から11月までの第2・第4土曜・日曜を中心に一般公開を行っています。
詳しい公開の日程は下記をご覧ください。

所在地:入間市河原町13-13 
      西武池袋線入間市駅北口から徒歩約7分

西洋館の情景

西洋館外観・裏側

西洋館外観:裏側

西洋館本館 玄関ホール









本館1階:玄関ホール

西洋館本館 食堂

本館1階:食堂

西洋館本館 応接室









本館1階:応接室

西洋館本館 控えの間

本館1階:控えの間

西洋館本館 客室









本館1階:客室

西洋館本館 2階ホール

本館2階:ホール

西洋館本館 大広間









本館2階:大広間

西洋館本館 東・西和室

本館2階:東・西和室

旧石川組製糸西洋館大広間のステンドグラス









本館2階:大広間のステンドグラス

このページに関するお問い合わせ

教育部 博物館
〒358-0015 埼玉県入間市二本木100
電話番号:04-2934-7711 ファクス:04-2934-7716
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。